イスタンブール最終日 ── 3週間。旅を終えて考えたこと
約3週間の旅の、最終日。
今日、イスタンブールから日本に帰ります。
「本当に乗り切れるのか」と不安だらけで出発した旅でした。
でも、なんだかんだ、あっという間でした。
最後の朝食は、ラウンジのビュッフェ
朝8時頃に起きました。
友人は10時頃にチェックアウトして、
次の目的地であるウズベキスタンへ向かう予定。
マリオットが無料で朝食をつけてくれたので、ラウンジへ。
豪華なビュッフェで、
期待以上に種類があって、とても美味しかったです。
それを無料でつけていただけて、本当にありがたかったです。
しっかり堪能して、今まで撮った写真も交換。
旅立つ人に、水をかける
彼女が先に出るので、見送りました。
その時、ホテルの方が来てくれました。
昨日、彼女が「夜、パーティーの音がうるさい」と
レセプションに電話をしたらしく、
そのお詫びにお菓子を持ってきてくれたのです。
こういう対応も、マリオットはちゃんとしているなと思いました。
さらに、プレートをくれました。
プラチナエリート会員へのお礼ということで。
旅立つ人の背中に、水をまく
そして、いちばん面白かったのが、
旅立つ人を見送る儀式でした。
トルコの花瓶のような壺から、水をかける。
そういうリチュアル(儀式)をやってくれたのです。
気になったので、後で調べてみました。
「Su gibi git, su gibi gel」
これはトルコの伝統的な習慣で、
旅立つ人の後ろに水をまきながら、こう言うのだそうです。
Su gibi git, su gibi gel.
水のように行き、水のように帰ってきて。
込められているのは、
「その旅が水の流れのようにスムーズでありますように」
という願い。
そして同じくらい大事なのが、後半です。
水のように、すみやかに帰ってきてほしい
という願いが込められている。
つまりこれは「いってらっしゃい」であると同時に、
「帰ってきてね」でもあるわけです。
「必ず帰ってこられるとは限らなかった」時代の名残
調べていて、いちばん心に残ったのはこの点でした。
この習慣は、戦争や飢饉、病気、
そして危険な道のりのせいで、
旅立った人が二度と帰ってこないことが珍しくなかった時代
に遡ると言われています。
見送りが、そのまま今生の別れになりうる時代。
だから人々は、去っていく背中に水をまいた。
せめて水のようにすべらかに行き、
水のように戻ってきてほしいと願って。
そう知ってから思い返すと、
あの何気ないひとまきの意味が、少し変わって見えます。
今も、普通に生きている習慣
面白いのは、
この習慣が今も普通に続いていることです。
家族が車で旅立つ時、その車の後ろに水をまく。
集合住宅に住んでいる人は、
階下まで降りずに窓から水を注いでしまうこともあるのだとか。
(下を歩いている人にとっては、それなりに迷惑な話ですが)
また、この「旅立つ人のために水をこぼす」習慣はトルコだけのものではなく、
アルメニア、アゼルバイジャン、ブルガリア、セルビア、イラン、
アフガニスタンなど、周辺の広い地域にも見られるそうです。
トルコ系の古い信仰では水が聖なるものとされていたことに、
その源をたどる見方もあるようです。
送り出す作法が、その文化を語る
日本にも、玄関先での見送りや、盛り塩、
旅立ちの日の作法があります。
どの文化にも、人を送り出すための決まった形がある。
そしてその形には、
その土地の人たちが何を恐れ、何を願ってきたかが残っている。
トルコの場合、それが「水」だった。
3週間、いろんな国で人に助けられてきましたが、
最後の最後に、送り出す側の作法を見せてもらったのは、
なんだか象徴的でした。
ハギア・ソフィアには入れず
彼女を見送ってから、ハギア・ソフィアへ行こうと思いました。
無料エリアだけでも見ようと。
でも行ってみたら、
無料エリアはプレイヤールームだけで、イスラム教徒の方しか入れない。
「ジャパニーズは無理」と言われてしまいました。
有料エリアは25ユーロですが、
もう1時間弱しかなかったので、諦めて帰ってきました。
でも、次に来る理由ができたということにしておきます。
最後の買い物と、空港へ
最後に、トルコは意外とハチミツが有名だと聞いたので、
余っていた現金でハチミツのお土産を買いました。
ホテルでシャワーをさっと浴びて、お礼を言ってチェックアウト。
メトロでイスタンブール空港へ向かいました。
(せっかくシャワーを浴びて着替えたのに、
その後すごく汗をかいたので空港で着替えればよかった!)
空港では、荷物の預け入れは空いていたのですが、
その後の出国審査と荷物検査が結構混んでいて、
時間がかかりました。
おまけに、プライオリティ・パスが使えるIGAラウンジも混んでいて、
30分くらい待ってようやく入れました。
最近どの空港も、
プライオリティ・パスのラウンジは混んでいます。
コントロールが、ちょっとうまくいっていない感じがします。
ラウンジでパッとお昼を食べて、
羽田空港行きの搭乗口へ。
3週間を振り返って
「あと3日、あと2日」と数えていた日々
最初は、本当に乗り切れるのかすごく不安でした。
毎日「あと15日、あと14日」と思っていました。
でも、確実に時間というのは過ぎるんですね。
アブダビ、パリ、コルシカ、アムステルダム、イスタンブール。
これまでの人生で一番長い、プライベートな旅でした。
どこの国でも、人に助けてもらった
そして、どこの国の人にも助けていただきました。
- パリ到着の夜、最終電車に間に合わせてくれて、階段でスーツケースを運んでくれた親子
- 鳥の糞をかけられた私に、ナプキンとお水をくれたカフェのスタッフ
- ATMの使い方を教えてくれたマダムと係員さん
- 絞りたてのミルクを飲ませてくれた、79歳の酪農家のおじちゃん
- 部屋をアップグレードしてくれたホテルの人たち
今日も、帰る時にメトロに乗ろうとしたら、
エスカレーターがなく階段しかなくて、
重いスーツケースを持って困っていました。
その時も、近くのおじちゃんが一緒にスーツケースを持って、
階段を上ってくれました。
トルコの人は優しかった
最初トルコに来た時は、正直消耗していました。
人々の圧と、ガチャガチャした雰囲気に疲れて、
街を採点するようなことを書いてしまった。
でも、やっぱりトルコの人々は、みんなすごく優しかったです。
わからない時は道を教えてくれるし、困っていたら手を貸してくれる。
ナンパしてきたり、商人気質で調子がいいと言えばそうなのだけれど、
やっぱりそれ以上に、優しさを持っていました。
当初、アブダビへ向かう機内で、私はこう書きました。
謙虚さと好奇心、そしてその土地に生きる人たちへの敬意を持って、
新しい場所のひとつひとつに向き合いたい。
疲れ切った17日目には、それを見失いかけました。
でも、最後の数日で、ちゃんと見直せた気がします。
もう少し、自分の殻を破りたい
だから思うのは、もう少し自分の殻を破りたいということ。
自分にいらないものを排除して生きるんじゃなくて、
もう少しいろんな価値観とか、
人の助けとかを受け入れて生きていきたい。
そう思ったのが、特にこのトルコの最後の4日間でした。
友人から学んだこと
疲れたし、合わないと思うところもあった
正直、友人と一緒に旅をしていて、本当に疲れました。
性格も価値観も全然違うし、合わないなと思うところもあった。
このブログでも、何度もそう書いてきました。
それでも、すごく尊敬した
でも、尊敬したところがあります。
彼女は何か国語も喋れる。
ドイツやオランダで生きてきたバックグラウンドもあるからか、
大陸で生きてきた彼女にとって、
複数言語を喋るのは当たり前のことなのです。
むしろ、
「日本みたいに単一言語で喋るのはチート」と言っていました。
「そんなチート、いいの?」と。
現地の言葉を、すぐに使う
だから彼女は、トルコに来てもすぐにトルコ語を喋りました。
事前に少し調べて、
簡単な「ありがとう」とか「これください」とか「1つ、2つ」とか。
それを、どんどん会話の中で使おうとしていた。
それで、現地の人ともすぐ仲良くなる。
話しかけて、仲良くなる能力
トルコでは、
よく道端で「ジャパニーズ?」とか「レイディース」とか話しかけられます。
私はそういうのが嫌で、どんどん無視して行ってしまうタイプ。
でも、友人はいちいち反応する。
最初は「チャイニーズ?」と言われるのですが、
「いやいや、チャイニーズじゃないよ、guess!」と返す。
「コリア?」「ノーノーノー」。
そうやってジャパニーズが出るまで、
カザフスタンとかいろいろ言われながら、
会話を続けていく。
友人が一人で島に行った時も、
知らないおじちゃんの家についていってお茶を飲ませてもらったり、
話しているうちにランチを振舞ってもらったりしていました。
現地の人とコミュニーケーションする力は、本当に尊敬します。
言語だけじゃなくて、ボディランゲージ、笑顔、
そういったもの全部含めて。
あと、行動力、エネルギー。
もう通常レベルを超えて、超人でした。
それでも、学ぶところがあった
でも、そういう友人の姿を見て、
私ももう少し自分から話しかけなきゃ、
現地語を使ってみよう、と思いました。
パリでも「メルシー」を使おうと思ったところから始まって、
最後にそれを徹底している人を間近で見られたのは、大きかったです。
自分の価値観だけでは得られない旅の視点を教えてもらった。
だから、疲れるけれども、
友人と旅する良さというのもあるなと感じました。
一人旅なら、
私は最後まで自分のやり方だけで旅を終えていたと思います。
価値観が、少し変わった
今回の旅で、私の価値観も少し変わったなと思います。
仕事だけの人生じゃないな、と。
自分がどういう人生を生きたいかというのを、
この帰りのフライトの中で、
もう一回よく考えてみたいと思います。
ヴェルサイユ宮殿で、
豪華さを極めた人が最後に農村を作ったのを見ました。
トプカプ宮殿で、絶大な権力者が護符のシャツを着ていたのを見ました。
コルシカ島で、輝かしいキャリアを持つ人が地元でオリーブを育てているのを見ました。
みんな、持っているものだけでは埋まらない何かを持っていた。
それを3週間かけて、
いろんな時代といろんな場所で学んだと思います。
この旅で、いちばん残ったこと
出発の日、アブダビへ向かう機内で、私はこう書きました。
有名な場所を訪れることや、目的地をリストのように消化していくことよりも、
この旅を通じて「自分に許可を出す」ことを学びたい。
3週間経って、これは達成できたと思います。
たとえ、疲れていても行ってみて、良かった日がありました。
逆に、「今日は一人で回りたい」と言えた日もありました。
そして最後に書いておくと、
もしかしたらこの旅は、新しい国を体験するだけでなく、
これまで知らなかった自分自身を発見する旅。
でした。
私は人といると消耗するとわかったし、
海外にいるほうが呼吸が楽にできるとわかったし、
静かな場所と自然を求めるようになったこともわかった。
美術館より図書館が好きで、
豪華なディナーより公園のバゲットが記憶に残る人間だと
いうこともわかりました。
この3週間、受け入れてくれた各国と、助けてくれたすべての人たち。
本当にありがとうございました。
東京に戻り、また日常が始まります。
