ミャンマーとインドから日本に帰国して感じた「当たり前」の再定義

日本に帰国して、もうすぐ3ヶ月。
2021年の秋からミャンマーに駐在し、2023年の秋からはインドへ。合計4年間、東南アジアと南アジアの熱気と混沌の中で生きてきました。2025年の年末に帰国し、今、新しいブログを立ち上げています。
久しぶりの日本は、毎日が本当に便利で、安全で、安心です。電車は時刻表通りに来るし、スーパーには新鮮な食材がいつでも並んでいる。夜道を歩いていても、後ろを振り返る必要がない。
ミャンマーやインドにいた頃は、いつどこでお腹を壊すかとひやひやしながら食べていたことも、今となっては懐かしい思い出。そんな経験を経て帰国した今、駐在中に気づいたこと、日々考えること、キャリアのこと——少しずつ言葉にしていこうと思います。

目次

常識が通用しない世界で学んだこと

海外生活を通じて常に感じていたのは、「自分の常識は、常識ではない」という事実でした。
2021年当時のミャンマーでは、クーデターが起き、世界の常識すら通用しないような状況が続いていました。日本的な感覚でものを言っても伝わらない。それどころか、私の「当たり前」を押しつけることが、かえって摩擦を生む。相手は反発し、関係は硬直する。それが人間関係における摩擦の根源だということを、身をもって学びました。
インドでも同じでした。予想外のやりとりが日常茶飯事で、計画通りに物事が進むことのほうが珍しい。そんな環境で生き延びるには、「まあ、なるようになる」という諦めと受容、そして忍耐の精神が不可欠でした。怒ったり、反応したりしていたら、身が持ちません。
4年間で私が手に入れた最大のものは、「自分の常識を疑う習慣」だったかもしれません。

日本の完璧さに感じる小さな息苦しさ

そして今、日本。
すべてがほぼ完璧に整えられた社会の中で、ときどき不思議な息苦しさを感じることがあります。ルールが細部まで決められていて、そこから外れると許されないような空気。どこかで見られているような感覚。ミャンマーやインドの「いい加減だけど、なんだかんだで回っていく」大らかさが、ふと恋しくなる瞬間があります。
ただ、ここで少し立ち止まって考えてみると——この違和感は、日本社会への批判ではないな、と気づきます。
昔の私は、細かいことを指摘してくる人が苦手でした。「そんなのどうでもいいじゃん」と思いながら、心の中で悪態をついていた。でも、心理学や自己観察を続ける中でわかってきたのは、苦手な他者は、自分が認めたくない自分の一部を映し出す鏡だということです。
私が日本社会の「完璧さ」に息苦しさを感じるのは、もしかしたら、私自身の中にある「完璧でなければならない」という思い込みが反応しているだけなのかもしれない。
見て見ないふり。気づいて気づかないふり。知っていて知らないふり。
自分の中のそういう部分に気づいたとき、日本の窮屈さへの苛立ちは、少し静かになりました。
何かに対する違和感は、しばしば自分と向き合うきっかけになります。

当たり前を問い直すことが出発点

こうして振り返ると、4年間の海外生活が私に与えてくれたのは、「当たり前を疑う視点」だったかもしれません。
日本の当たり前、海外の当たり前、自分自身の当たり前。それぞれを相対化しながら生きることで、見えてくる景色があります。

このブログでは、JICAでの仕事を通じて感じたこと、ミャンマー・インドでの駐在生活の気づき、帰国後の日本での日常と葛藤を、等身大の言葉で綴っていきます。大きな問いより、小さな問いを。明快な答えより、混沌とした思考の過程を。

このブログを読んでくださるあなたにとって、少しでも新しい視点を持つきっかけになれたら嬉しいです。

Saya
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